旧・ほんとうがいちばん

アクセスカウンタ

zoom RSS ブッダが説いた法華経の世界

<<   作成日時 : 2014/08/26 13:23   >>

トラックバック 0 / コメント 0

転載元:神一厘の仕組み・探究道 〜神・世界秩序の始まり〜さんより

ブッダが説いた法華経の世界

「小さな乗り物で満足する者には、私は小さな悟りを説いた。未だ大きな悟りを説くべき時が来ていなかったからだ。しかし、今やその時だ。自分もブッダと同じになれると聞いて喜ぶ者には、大きな乗り物を与えよう。」『法華経・方便品』


ブッダは晩年の頃、インドの霊鷲山(りょうじゅせん)に多くの弟子や聴衆を集め、日々説法を行っていたと言われます。そのブッダの教えの中でも、最後の集大成として位置付けられているのが「法華経(ほけきょう)」です。

画像
【霊鷲山】


ブッダは生前、悟りを開く前の修行者のタイプとして、次の3つを設定していました。


菩薩(ぼさつ)自ら悟りを求めながら、世の中を良くするためにその悟りを広めることで、社会貢献もしていく修行者。(文殊、観音、弥勒など)

声聞(しょうもん):自らの悟りのみを求めていく修行者。ブッダの最も身近にいた十大弟子が含まれる。(シャリホツ、モクレン、アナン、シュボダイなど)

縁覚(えんかく):自らの悟りのみを求めていく修行者。声聞が「学校タイプ(出家信者)」なのに対し、縁覚は「自宅独習タイプ(在家信者)」に分類される。


法華経が説かれた説法会場には、これら3タイプの修行者以外にも、アジャータシャトル王をはじめとした一般の聴衆者、あるいは霊的存在として、全宇宙からナーガ(八大龍王)、ガルーダ(神鳥)、ガンダルヴァ、デーヴァ、アシュラ、キンナラなども集まっていました。次元を超えて、あらゆる存在が、霊的覚醒と幸福を求めて集結していたのです。

まずブッダは、瞑想に入ったのち、自らの眉間からビームを発するという奇跡を演出しました。上空に映し出されたスクリーンには、次のような「六道輪廻(りくどうりんね)」の真実が映し出されていました。


その光景は、六つの空間に分かれている。一つはどうやら「地獄界」の光景らしい。恐ろしい精神的な苦しみの中にいる人間たちがいる。

別の区画には「餓鬼界(がきかい)」が映っている。飢えに悩まされる者たちの世界だ。

さらに「畜生界(ちくしょうかい)」がある。これは精神的にも肉体的にも原始的なレベルに退化した者たちの世界だ。

そして「阿修羅界(あしゅらかい)」がある。これは人間並み、あるいは神々並みの精神的水準を保ちながらも、あくまでも闘争し合う、いつまでも不安を抱えている者たちの世界だ。

そして平凡な人々の暮らす「人間界」がある。平凡な人間たちもまた、やはり数多くの悩みを抱えている。

さらに「天界」においては、神々のように暮らしている者たちの様子が映し出されている。世界の最も高いところに暮らす彼らは、一見幸せそうに見えるが、心の底にはやはり一抹の不安を抱えている。なぜなら、彼らもまた、いつでも下のレベルの世界に落ちる可能性を秘めているからである。

さらに無数のブッダの姿が見える。それぞれのブッダの周りには声聞も菩薩もいる。みな、人間が抱える苦悩から脱却するために、日々修行にいそしんでいる。

そして無限の時間が過ぎる。それぞれの世界は変化し、進化し、退化する。ブッダたちは、それぞれ肉体の死を迎え、涅槃(ねはん)に入る。地上世界に残された人間たちは仏塔を建て、その中に納めたブッダの遺骨を尊崇している。

『超訳・法華経の世界』より


ブッダは輪廻転生(生まれ変わり)の真実と、生前の人間がどのような「心のあり方」で生きたかによって、死後の行き先が違ってくるという真実を教えたかったのです。魂は永遠の存在であり、そして、すべての魂は霊性の向上を目指して、輪廻転生を繰り返しているのです。

次にブッダは、「善人や悪人、男女の別、あるいは生まれや身分などにかかわらず、すべての人に悟りの道は開かれている」という教えを施します。


「私の遠い過去世のエピソードを語ろう。ある時、私は国王の身分で、菩薩の実践を行っていた。私はやがて王位を息子に譲り、法華経を説く一人の仙人の弟子となった。この世界では人間の寿命は無限に長かったが、私はこの仙人に千年仕えた。炊事や掃除をはじめ、どんな仕事だって引き受けた。この時の修行のおかげで、今日私はブッダになることができたのだ。

その仙人のこの世での姿が、他ならぬデーヴァダッタなのである。そう、君たちの同窓生である、あのデーヴァダッタだ。私の教団で反乱を起こし、私の殺害を謀り、失敗して自滅した、あのデーヴァダッタだ。このように彼は、今生では不幸にして転落者の人生を歩んでしまった。

しかし、過去世では、彼は私の恩人であり、私の師匠である。悪人というのは彼の表面上の姿にすぎない。彼の本質もまた偉大な菩薩なのだ。だから彼は、遠い未来において必ずブッダとなる。遠回りのルートを通ってしまったが、彼も宇宙の真理に到達できるのだ。」


それまでのインドの伝統的な宗教の教えでは、「悪人や女性は悟れない」とされていたため、このブッダの教えは、聴衆者たちに衝撃をもって受け止められたようです。

さらにブッダは、(この説法会場に集まってくるような)「縁ある衆生」であれば、何回かの輪廻転生ののち、すべての魂が「ブッダ(悟り人)」となれるであろう、という重大な預言を発表します。これは逆に言いますと、「縁なき衆生は度し難し(縁のない衆生は救いようがない)」と言っているに等しい預言だったと思います。

このブッダの言葉は、現代社会にも当てはまると思います。私共がブログで発してきたような言葉に耳を傾け、修行を実践していく人は、いずれ5次元の魂へと覚醒していくでしょう。しかし、逆に耳をふさぎ、拒否するような人は、魂が3次元のまま没落の道を辿っていくことになります。いわゆる「二極化」が始まっていくのです。

さて、法華経が説かれていた舞台では、突如として上空に「巨大な仏塔」が現われ、その中から過去世のブッダである「多宝ブッダ」が友情出演として登場してきます。ブッダの説法を聞いていた多宝ブッダは、「すばらしい。ブッダよ、あなたの説く法は真実である」と、ブッダの説法を称えます。この後ブッダは、巨大な仏塔の中に吸い込まれていき、多宝ブッダとともに説法を続けます。

かつて東方宝浄国(ムー帝国)にて、法華経の教えで悟りを開いた多宝ブッダ(皇帝ラ・ムー)は、「世界のあらゆる場所で法華経を説く者があれば、自分が仏塔とともに出現し、その正しさを証明しよう」という誓願を立てていたのです。

続いてブッダは、「宇宙の成り立ち」と「神仕組み」について、次のような話を始めます。


・創造主の分け身魂として、今の人類の魂が出来たこと。

・よって、すべての魂には「仏性」が内在していること。

・それらの魂が地上界の修行を通して、最終的には神の元へ帰る(神と一体化する)ようプログラムされていること。


このように、ブッダが晩年になって法華経を説いた真の目的は、「自分の死後も教えを広め、法華経の光を絶やさないように」という、弟子たちへの最後のメッセージの意味合いがあったように思います。以下は、このブッダの想いに対する「菩薩たちの誓い」です。


師よ、ご安心下さい。私たちは、師亡き悪世において法華経を広めます。
無知な人間にどやされても、叩かれても、私たちは頑張ります。

今は悪世です。悟ったつもりの修行者が、山に籠って俗世を見下しています。
彼らは俗世で修行する私たちを馬鹿にしますが、俗人にチヤホヤされるのは大好きです。

彼らは私たちの法華経のことを、偽物だと考えています。
そして、世の人々や権力者に、私たちのことを誹謗中傷してまわります。

彼らは私たちを軽口でからかい、次には暴力をチラつかせて脅します。
私たちはただ耐えるのみです。
私たちは、ただ真実が忘れ去られるのを恐れるのです。

私たちは世間から締め出されたとしても、街角で法華経を説きましょう。
私たちはメッセンジャーとして頑張ります。
私たちのこの誓いを、師よ、ブッダよ、受け入れたまえ。


最後に、ブッダの言葉をご紹介したいと思います。


「私がブッダとなったのは無限の過去のことだ。以来、私は説法を続け、無数の人間を救いの道に導いた。方便として私は死ぬというが、常に存在して説法している。心の乱れた衆生には私が見えない。これは私のかけた魔法である。

私の骨を供養して、私に会うことを願うとき、私は霊鷲山に現われる。私はいつもここにいる。死は見せかけである。」

『法華経・如来寿量品』


ブッダは再び地上世界に現れることを約束して、この世を去っていったのです。

(転載終了)



テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブッダが説いた法華経の世界 旧・ほんとうがいちばん/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる